夕焼けに染まるヨーロッパの大地。
遠くはドーバー海峡の要衝、カレーへと向かう道を、兵士達の列が続いていた。
肩を落とし、表情は沈み、足取りは重い。
モビルスーツという名の死神から、命からがら逃れた、文字通りの敗残兵。
今の彼らを表現する言葉は、それに尽きた。
「………連邦は負けるぜ。」
誰かがぼそりと呟いた。
「ああ………。」
「あんな奴らにゃ勝てねぇよ。きっとジオンには本物の宇宙人が居て、技術を与えてるんだ。」
冗談とも本気ともつかない言葉だが、彼らが受けた衝撃はそれほどに激しかった。
地球を守る。
その崇高な使命を胸に、彼らは立っていた。
しかし巨人は、彼らの刃を悉く弾き、その矜持を粉々に砕いてしまった。
「………ジオニスト共は「地球人」を皆殺しにするつもりだ。」
誰かの声。
平時であれば荒唐無稽な言葉の数々は、奇妙な現実感をもって兵士達の心を蝕んでゆく。
「南極条約がある、いくらジオンだって………」
「スペースノイドに、地上で核兵器を使うリスクが理解できるわけがねぇ。
現に奴らは、一週間戦争じゃ核でコロニーを潰している。」
「あぁ、コロニーまで落としたんだ。きっと徹底的にやるぜ………。」
不安げなざわめきに、ついにしびれを切らした士官が怒鳴り声をあげた。
「誰だ、くだらん話をしている奴は!」
ヒステリックな叫びに首を竦め、再び無言で歩き続ける。
そんな光景が、夕闇に沈む道路で延々と続いていた。
「………不景気な眺めですね。まるで皆、この世の終わりから逃げてるみたい。」
傍らを歩くノーラン・ミリガン軍曹が、あきれ声で呟く。
それには答えず、ニキ・テイラー少尉は戦闘指揮所への歩みを進めていた。
………エーリカ22の献身をもって後退に成功したテイラー小隊は、友軍機械化連隊所属の大隊と合流。
そこで、原隊である戦車大隊の壊滅とそれに伴う臨時編入、そして総員撤退の命令を達せられた。
「後衛戦闘を」というニキの具申は却下され、戦車隊は優先して後退せよとの指示が出された。
代わって矢面に立つのは、またしても対MS特技兵だった。
ニキ達戦車兵はMSから逃げるように………いや。
事実「戦場から逃げ出した」と表現するほか無い醜態を晒していた。
「これが今日の朝は「宇宙人の歓迎パーティだ!派手にやれぇ!!」
………なんて息巻いてた栄光の連邦陸軍だって、何人が信じるでしょうね。」
愚痴とも冗談ともつかない口調で話すノーランに、AIのように冷たい口調でニキが答えた。
「………あの巨人が兵達に与えた精神的なショックは、それほど甚大という事です。
急ぎましょう、ミリガン軍曹。集合時間は過ぎています。」
「………了解。」
普段から感情の読めないニキだが、今は殊更に感情を押し殺している気がする。
良くない兆候だ。どうせなら、泣くぐらいの可愛げを見せればいいのに。
年齢のそう変わらない上官に対し、ノーランは気遣わしげな視線を向けていたが、
ニキは気付かずに戦闘指揮所へ向けて早足に歩き続けた。
「遅かったじゃないか、ニキ・テイラー少尉?」
「申し訳ありません、少佐殿。隊の掌握に時間をかけすぎました。」
大仰な声。それに答えるのは、感情を削ぎ落とした声。
聞いてるだけで胃に嫌な重みがのし掛かる組み合わせだった。
ノーランは内心嘆息したが、辛うじて表情には出さない。これも日頃からの修練の賜物だろうか。
「今や時間は予算より貴重なものだ………次からは気を付けたまえよ。
………次があれば、だがな?」
「………。」
皮肉に対しても直立不動の姿勢で、表情すら微動だにしない。
そんなニキを、第44機械化混成連隊のミケーレ・コレマッタ少佐は鼻で笑った。
自身は連隊所属の大隊長と言っていたが、一筋縄ではいかない曲者、とノーランは評価している。
………こーゆータイプの男は、一度目を付けられるとしつこいのよね。
それが、彼女の持った素直な印象だった。
ノーランの視線をよそに、コレマッタは相変わらず芝居がかった身振りで、彼の背後に立つ女性士官を示した。
「紹介しておこう………ヘイン曹長。キミと同じく22MR(機械化混成連隊)所属の、対MS特技兵だ。
先の戦闘で小隊長が戦死したため、現在は小隊の指揮を執っている。」
「ソニア・ヘイン曹長です。E大隊3中隊4小隊所属………少尉殿の隊とは、ひとつ隣の戦区でした。」
その言葉に、ニキとノーランが姿勢を正す。
対MS特技兵E大隊………コールサイン、エーリカ。
つまり、エーリカ22の所属部隊だ。
「………そちらの2中隊2小隊と行動していました。彼らのおかげで、我々は生きています。」
「こちらは逆に、戦車隊に命を救われました。こう言ってはナンですが………
お互い様、という奴だと認識しております。」
そう言って、ソニアは微笑んだ。
お互い命拾いしたのだから、恨んではいないと言っているのだ。
戦車隊はMSから逃げ回り、特技兵は捨て駒同然に扱われている現状、両兵種間の確執は徐々に目についてきている。
そんな中でのソニアの態度は、ニキやノーランにとって非常にありがたかった。
「さて、親交を深めるのは戦争が終わってからにしてもらおう。」
コレマッタの言葉に、全員が表情を改める。
そう、まずは戦争だ。
「我が軍の作戦構想は、あの鉄の巨人と忌々しいミノフスキー粒子によって脆くも瓦解した。
既に戦線は崩壊寸前。至る所で絶望的な後衛戦闘が展開されている。」
………ジオンが来るのは判っていた。
しかし、大雑把な降下地点しか判明していない以上、陣地に籠もっての防御は都市部以外では難しい。
更に軌道上の艦隊から、軌道爆雷による爆撃も予想される。
基地及び都市部を除いて、重厚な防御陣地を構築する意味は薄かった。
そのため、多くの部隊は地形を利用した浅い塹壕を掘り、軽く土嚢を積んで偽装を施した程度であり、
即座に陣地を捨てて別地点へ移動できる態勢を取っていた。
敵はまず間違いなく平野部の広域に大部隊を降下させてくる。
よって連邦軍は当初、戦車を中核とする機械化された機動打撃部隊を多数用意し、
近接航空支援及び砲迫支援下での、陣地に依らない機動防御戦闘を想定していた。
砲迫射撃と航空攻撃で広域を制圧し、機動力と打撃力を備える機動打撃部隊が
ジオンの降下地点へ急行して濃密なキルゾーンを形成する。
本来なら、ジオン軍は降下地点から身動きすら取れず殲滅されるはずだったのだ。
………ジオン軍が軌道上からミノフスキー粒子を散布し、極広域電波障害が発生していなければ。
そして、鉄の巨人………モビルスーツが投入されていなければ。
豪雨のごとき軌道爆撃で基地と滑走路を完膚なきまでに破壊され、
更には電波障害によって航空隊は飛行すら覚束ない状態に陥った。
砲兵部隊は通信もままならない状況下では友軍誤射の危険もあり、やはり行動不能。
それでも敵を迎え撃つべく展開した機動打撃部隊の前に現れたのは、
徹甲弾をも軽々と弾き返し、120mm砲弾を乱射してくる鉄の巨人だった。
………後の惨状は、夕闇に沈む道を延々と続く葬列が物語っている。
「友軍は勇戦しているが、状況は芳しくない………まだまだ、戦場は血を飲み干すつもりのようだ。
楽しい地獄だと思わんか、テイラー少尉………?」
粘着質なコレマッタの口調にも表情を一切動かさず、ニキは沈黙を保っていた。
「………そう。沈黙は美徳だよ、少尉。
さて、キミ達の今後についてだが………いささか扱いに困っている。」
コレマッタは制帽をかぶり直し、ニキの周囲をゆっくりと歩きながら言葉を続けた。
「ワタシの隊に臨時編入されたとは言え、あくまでそれは応急措置だ。
キミ達は後衛戦闘に立つことを希望しているが………それは、我が連隊所属の部隊で事足りる。
キミ達には、別の戦場で戦ってもらう事となるだろう。
貴重な戦車小隊と、実戦を経験している特技兵小隊………
ましてや、初期の戦闘でジオン軍降下部隊と死闘を繰り広げた22MRの生き残りとなれば尚更な。」
その言葉に、無表情を保っていたニキが初めて反応した。
「死闘………?」
ニキの表情が、初めて動く。
流麗な眉をひそめてコレマッタに一歩詰め寄り、ニキは繰り返した。
「少佐殿は、あれを死闘と呼ぶのですか?」
「………何が言いたい?テイラー少尉。」
コレマッタの態度に、ニキの忍耐がついに限界に達した。
抑えきれない感情が、言葉の矢となって飛び出す。
「歩兵は踏み潰され!戦車は蹴り飛ばされ!砲弾は易々と弾かれる!
………あれは断じて、"死闘"などではありません。
我々は一方的に!為す術もなく"蹂躙"されたに過ぎません………!」
普段は感情を表に出す事も無く、沈着冷静が服を着ている、
とまで言われる彼女が激昂する姿に、ノーランはあんぐりと口を開け、
ソニアなどは口笛を鳴らして面白がっている。
しかし、コレマッタは反抗的な態度を咎めなかった。
逆に、静かに笑ったのだ。
右頬を引き吊らせるような、歪んだ笑み。
ニキは、彼の目を見て初めて気付いた。
この男は、自分と似た目をしている。
感情にとらわれず、利用できる物は全て利用して勝利を追求している。
戦術を組み立て駒を動かし、敵を倒す事にのみ価値を見出している。
「戦争狂」の目だ。
「………いいや。キミは間違い無く"死闘"を繰り広げた。
僚車を欠く事無く、あの地獄を戦い抜いた戦車小隊長。
まさに、"英雄"たる資格がある………そうだろう?テイラー少尉。」
コレマッタが言わんとしている事は明確だった。
英雄という名の道化となれ。
軍は彼女に、兵士としてではなく偶像として存在する事を求めているのだ。
「我々は勝利に飢えている………いや。今まさにこれから飢え始める。
その時、キミが兵士達に勝利の味を思い出させてやるのだ。
"英雄"という立場を利用して、な………。」
プロパガンダの為の、作られた英雄。
別に珍しい物ではない。戦争の風物詩と言っても良いだろう。
それで、兵士達が戦意を取り戻すなら。
それで、戦況に少しでも影響を与えられるなら。
たかが一士官のプライドなど、安いものだ。
「幸いにして、キミは実に見目麗しい。
が、兵士達をより熱狂させるには、適当な渾名があった方が良いだろう。
………"鉄騎の戦乙女(STEELY VALKYRIE)"。
………どうだ?いかにも大衆ウケしそうな、俗な渾名だと思わんか?」
歪んだ笑顔のコレマッタに対し、ニキは静かに目を瞑り、敬礼した。
一人の"英雄"が、作り出された瞬間だった。
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兵隊に酒と煙草と不平不満はつきものです。
愚痴ってこそ兵隊。そう思ってます。
だからこそ、真面目で硬い性格の兵士は物語映えしますよね。
IGLOO2唯一のレギュラーキャラ、ミケーレ・コレマッタ少佐。
皮肉屋だが有能な士官。
戦争に狂ったヒステリー。
部下の死を功績に変えるクズ。
心中では部下の死を悼んでいる指揮官。
受け取り方、描き方次第で何色にも変わる、実に便利な人物ですね。
自分は大好きです。あまりに便利なのでゲスト出演。
時系列的にはバーバリーがコレマッタから命令を受けた後ぐらいでしょうか。
ソニア姐さんは今回顔出しのみ。特技兵出身って事で。
この人、子持ちっぽい気がするのは気のせいでしょうか。
先任下士官やらせるには若すぎますが、そこはSFって事で。
それを言い出すと女性の戦車兵なんてーって話になりますし。
ニキ姉さんは動画よりも硬い・冷たいイメージで。
ノーランはこの頃まだ敬語ですね。2人ともF91編はお疲れ様でした。
テイラー小隊の面々はまた次回。
渾名はいかにも厨二病っぽく、誇張された感じで。得意です。
元ネタは旧箱の伝説的名作「鉄騎」と「戦場のヴァルキュリア」の両タイトル。
今回は人間模様とかを書いてみたかったんで戦闘シーンはナシ。
次回、市街地戦の予定。また書くのに時間かかるな。
動画は実家に帰れてないので順調に遅延中です。申し訳ありません。
いつもありがとうございます。
Pixiv拝見させて頂きました。Pixivはイラストメインかと思ってたんですが、小説も投稿できたんですね。
自分の作った話から更に派生してるなんて、嬉しいやら恥ずかしいやらです。
今後も続きを楽しみにさせていただきます。
61式で対ヒルドルブ………
基本的には交戦しない方が賢明でしょうね、
IGLOOでは稜線射撃しようとした61式が、稜線越しにぶち抜かれてましたし。
どうしても、というのなら………
・最低でも2個中隊24両で対処に当たる。
・可能であれば補給中、休止中のところを奇襲する。
・1個中隊は包囲するようにミデアで有効射程圏内へ降下。
・もう1個の中隊は上空で待機。
・常に動き回り、射撃し続け、プレッシャーを与え続ける。
・損耗した小隊は上空待機の隊と即座に交代。
・可能であれば近接航空支援を要請する。つか積極的に行う。
………これくらいは個人的に満たしておきたい条件ですねぇ。
地形等の遮蔽物は、30サンチ砲の前ではあまり意味がなさそうです。
Posted by 猫屋誠一郎 : 19/Sep/2011 18:44
ディスプレイの前で、コレマッタ少佐の登場に一人で浮かれていましたw
私もこの人大好きですw直接会うのはご遠慮したいところですがwww
Posted by 平良一君 : 06/Oct/2011 23:30
確かに、好きなキャラですが会うのは遠慮したいですねw
上司に持つのはもっと勘弁ですが…。
Posted by 猫屋誠一郎 : 11/Oct/2011 22:04
| SU | MO | TU | WE | TH | FR | SA |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 |
大丈夫ですよ。
いつも通り気長に待てますからね。
私もそろそろ休み明けですが支援イラストの投稿は一応継続したいと思います。
スキャナーを使っても人物がうまく入らずに悪戦苦闘中ですが、頑張れば漫画が投稿できるかなあ、と・・・何年かかるかわかりませんがね。
そしてヒルドルブ対61式戦車と言う無理げー的な小説のリクエストを受けてます。20キロ先から撃ってくるの相手にどうしろと聞きたいですよ、ははは(苦笑)
Posted by アッキィ(アッキー) : 14/Sep/2011 20:31