ドーバー海峡。
ユーラシアとブリテン諸島を隔てるイギリス海峡の再狭部。北海と大西洋の境界。
ここを渡れば北アイルランドには連邦海軍の一大拠点、ベルファスト基地があり、
各島には空軍基地や陸軍の駐屯地が点在している。
コロニー落としの被害を比較的軽微に抑え、ロンドンやバーミンガムといった大都市も健在なこの地方は、
今やユーラシア大陸から放逐されつつある連邦軍にとって、来るべき日………欧州奪還のその日まで、
少しでも多くの戦力を逃がし、温存し、回復させるための重要な拠点だった。
宇宙世紀0079年7月28日。
ドーバー海峡のユーラシア側の要衝、カレーの港には、
ブリテン諸島へと落ち延びてゆく連邦陸軍部隊でごった返していた。
上空はミデア型輸送機とその護衛機がひっきりなしに飛び交い、
それに加えてCAP(戦闘上空警戒)任務中のTINコッドやフライマンタの編隊まで飛んでいる。
海上は海上で輸送艦や揚陸艦が所狭しと埠頭に並び、
海峡を完全封鎖する勢いでありとあらゆる種類の戦闘艦艇が遊弋している。
「人員を最優先だ!負傷者を見捨てるなよ!」
「捨てちまえ、そんなスクラップ!ガラクタ積む余裕は無ぇんだぞ!」
≪輸送艦オリヴェイラ、出航を許可する。ボン・ボヤージュ!≫
港独特の活気がある海軍兵士に比べ、陸軍の兵士達の表情は重い。
歩ける者は粛々とタラップを登り、負傷者や物資を乗せる手伝いを行う。
手の空いた兵士達は甲板や通路に鈴なりになって、船上からカレーの街並みを………
これから去りゆく、欧州の大地を眺めていた。
ふと、誰かの歌声が聞こえた。
何故に人は彷徨う soldier
抗い続けることで 確かめる humanity………
旧世紀のアジアの歌手の、古い歌だった。
開戦直前にリメイクされたリバイバル盤がリリースされ、今もヒットチャートに載っている人気曲である。
小さな傷痕なんて この空に 手放して
カラッポになる勇気一つ 抱えたら 飛べるわ………
隣の兵士が続けて歌い、さらにその隣の兵士も続けて歌う。
歌声は兵士から兵士へ、部署から部署へ、そして船から船へと伝播し、港全体へと広がってゆく。
蒼い闇を抜け 君を見つけた………
兵士達はユーラシアの大地へ、その彼方にある自分達の故郷へ向けて歌い続ける。
それは、決意の合唱だった。
果て無き大地 巻き上がる砂
燃え尽きる その瞬間に 生まれ出づるよ
何に縛られ 何を壊して
宛てもなく その胸を 切り裂いてゆく………
欧州よ、我が故郷よ。
今はしばしの別れだ。
我々は必ずここへ帰ってくる。
勝利を掴み、故郷を取り戻すその日まで。
我々は決して諦めない。
愛し切れたら 強くなれるはずさ………
兵士達は涙を流しながらも目を閉じず、欧州の景色を目に焼き付け、歌い続ける。
歌声は絶える事無く、カレーの港に響いていた。
「………良い曲じゃないさ。選曲した奴は判ってるねぇ。そう思わないかい?」
歌声を聞きながら、ソニア・ヘイン曹長が傍らに問いかける。
話を振られたノーラン・ミリガン軍曹は肩をすくめ、あっさりと切り捨てた。
「生憎、アタシは生粋のハードロッカーなもので。」
「………無粋だねぇ。」
嘆息するソニア。
2人は今、カレー防衛の指揮所となっている高級ホテルを訪れていた。
無論、彼女らが所属する増強戦車小隊の指揮官、ニキ・テイラー少尉のお供としてだが、
その本人は会議室代わりの大部屋に入ったきり、出てこない。
ニキが入室してから30分がすぎようとしていた。
「今度はどんな説教されてるんだか………。」
心配げに大部屋のドアを見やるノーラン。
もう4ヶ月も前。
「作られた英雄」となったあの日を境に、ニキの………いや。
戦車小隊ヴィスナ30とソニアら対MS特技兵小隊エーリカ34の運命は大きく変わった。
凄惨を極める後衛戦闘には参加する事無くカレーへ向けて後退を続ける傍ら、
偵察隊が発見した小規模な敵の斥候や、後衛を突破「させられた」戦力減耗した敵前衛を、
61式5型4両と車両に乗車した対MS特技兵小隊で強襲し、圧倒撃破する。
そしてそれを、広報が「鉄騎の戦乙女」の戦果として主にロンドンからのプロパガンダ放送で流すのだ。
無論、敵戦力を誇張し、シチュエーションを劇的なもの………
例えば、孤立した友軍の救援等で味付けするのは忘れない。
欧州方面軍の機甲戦力は、数日前に行われた反転攻勢の失敗によって見る影も無く磨り減っており、
お膳立てされた戦場とは言え複数回の対MS戦を経験しているベテラン戦車小隊と対MS特技兵を
遊ばせておく余裕などどこにもないはずなのだが………
欧州方面軍上層部は、未だニキに「英雄」である事を求めていた。
ノーランは、血で血を洗う後衛戦闘を続けている部隊がニキを何と呼んでいるか知っている。
いや、ニキ自身も知った上で、その渾名を甘受している節がある。
作られた英雄………「鉄騎の戦乙女」ニキ・テイラー少尉。
後衛部隊は、彼女をこう呼んでいる。
あの女は、友軍兵士の血を啜る「吸血女(BLOOD SUCKER)」だと。
その上で、ノーランはニキの苦悩も理解していた。
彼女は毎日、一兵士として、一個の戦闘単位として後衛戦闘に参加する事を上層部に希望していたし、
たとえ「用意された戦場」だったとしても最善の戦術を選択し、
常に部下と配属部隊を生き残らせようと努力していた。
事実、テイラー小隊の損耗率は複数回の対MS戦を経験していながら恐ろしく低い。
部隊としての練度も欧州方面軍屈指だろう。
なのに、戦闘への積極参加が許可されない。
そのジレンマが、ニキは勿論小隊のメンバー全員を苦しめていた。
ノーランの視線の先にある扉は、未だ開く気配がない。
指揮所の喧騒と、港に響く歌声。
その両者とも無縁のように、沈黙を保っている。
*
「………抗命は反乱とみなされ、銃殺となっても文句は言えん。理解しているのかね?テイラー少尉。」
「ワタシは意見具申をしたまでです。」
表情を消したコレマッタ少佐に対し、ニキもまた無表情に答える。
欧州方面広域の状況説明から始まり、カレー防衛の計画、そしてテイラー小隊の行動に説明が移ってから、
鍔迫り合いのようなやり取りが始まった。
上層部はテイラー小隊………いや、ニキにベルファストへの退避を求めているが、
彼女はカレー守備隊の配置や敵の侵攻予測の不備を1つ1つ取り上げ、
巧みに話題を逸らしながら自身の小隊をカレー防衛に参加させるよう具申していた。
「却下だ、少尉。たかが1個小隊が加わったところで戦況は変わらない。それが判らないわけじゃないだろう?」
「現状の防御計画では撤退完了まで港の維持は不可能だと申し上げているのです。
それとも、多くの兵をドーバー海峡へ沈めた将校として、後世に名を残そうとでも?」
「………。」
その言葉に、コレマッタが思わず目元をひくつかせる。
「旧世紀の小説の言葉ですが………英雄と鯨には、共通点があるそうです。」
初めて見せた苛立ちの表情に対し、ニキは微笑して見せた。
「生きている間も然る事ながら、死んでからこそ価値がある。」
そう言って彼女は、持っていたファイルをコレマッタへと差し出した。
*
唐突に開いた大部屋の扉から、ニキとコレマッタが出てきた。
慌てて姿勢を正すソニアとノーランをよそに、2人は向かい合って敬礼。
「では。」
「………。」
相変わらず両者とも感情が読めないが、気のせいかニキの動きに硬さが無い。
………こりゃ今回はウチの隊長が一本取ったかな。
ノーランはそう予想を立て、ソニアと視線を合わせてニヤリと笑った。
「お待たせしました、ヘイン曹長。ミリガン軍曹。」
コレマッタと別れ、2人を促し指揮所の出口へと向かう。
ニキの左隣へ並び、ノーランは早速尋ねた。
「あの陰険野郎に何か言ってやったんですか?」
「上官侮辱は聞こえない所でやるように。
………ですが、そうですね。ようやく聞く耳を持ってくれた、と言った所でしょうか。」
その一言に、ノーランとソニアは顔を見合わせた。
「詳しくは皆を集めてからです。忙しくなりますよ。」
*
「後衛部隊が突破され、今夕にも敵先鋒がカレー市街へ突入………?」
隊員の1人がニキの台詞を呆然と繰り返す。
港湾部の外れに設けられたニキ達ヴィスナ30の宿営地………その本部幕舎に、
ヴィスナ30とエーリカ34に所属する士官と下士官全員が集められている。
大判のカレー付近の広域地図にはマーカーで無数の部隊記号が書き込まれ、
連邦軍が如何に厳しい状況にあるかを示していた。
「空軍の対地攻撃機が爆撃を繰り返していますが、敵の速度は落ちていません。
このままでは友軍の撤退完了を待たずして、カレーの港にMSが侵入してくるでしょう。」
その言葉に、隊員達が思わず息をのんだ。
港は依然として多くの兵士が溢れており、非武装の輸送船が無数に接岸している。
………そこに、あの鉄の巨人が突入してきたら?
誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
隊員達を見渡して、ニキは普段の調子で続ける。
「カレー市街の防衛線増強は急ピッチで行われていますが………我々も参加する事となりました。」
「!」
隊員の1人が、勢い込んで質問する。
「で、では!ベルファストまで退避という話は………!」
「申し訳ありませんが、キャンセルです。我々は守備隊隷下に配属。カレー防衛の任に就きます。」
隊員達から喝采が上がる。
防衛戦への参加!
待ち望んだ命令が、ようやく下されたのだ。
「HQは駆逐艦アテナイエへと移動。事後の指揮は、アテナイエより発令されます。」
そこで一呼吸。そして、指揮棒を使って地図上を指し示してゆく。
「敵先鋒はMS12機を主力とする機械化混成大隊。
強力な敵ですが、後に控える本隊を考えれば前菜でしかありません。
まずはこれを徹底的に叩き、敵の出鼻を挫きます。」
ニキの状況説明に黙って耳を傾ける隊員達。
この数ヶ月の戦闘で、ニキは部下の信頼を勝ち取っていた。
「現在、カレー市街全域にセンサーと中継器の設置が行われており、
あと数時間ほどで郊外5km圏内まではカバーされる見込みです。
これにより、限定的ですがデータリンクを使用しての射撃が可能となります。」
これは朗報だった。
61式戦車5型の強みは、衛星とのデータリンクによって行われる常識外の超長距離精密射撃だった。
しかし、それがミノフスキー粒子によって脆くも無効化された今、
データリンクシステムはデッドウェイトでしかない。
衛星の使用が不可能だとしても、センサーからの観測情報と各車両間のやり取りが可能なら、
射撃精度は段違いに上がる。
「我々の担当区域は南東最外縁………敵の真正面です。
支援として陸軍航空隊から戦闘ホバークラフト小隊が配置されています。
………リュッケ少尉、ランガー軍曹。」
ニキの紹介を受け、フライトジャケットを着た2人のパイロットが進み出た。
「クラウス・リュッケ少尉以下、ホルニッセ隊だ。
かの"鉄騎の戦乙女"の指揮下で戦えるとは、望外だ。よろしく頼む。」
「ホルニッセ1、操縦手のハルト・ランガー軍曹です。」
2人が簡潔に挨拶を済ませる。
自分の「英雄」としての呼び名が出ても、ニキは特に反応を示さなかった。
「………遠距離支援は海軍の巡洋艦と駆逐艦から艦砲射撃が行われます。
また、港湾区画に砲兵連隊の自走砲と44MRの重迫撃砲が展開中。
海軍と自走砲は市街に侵入されるまで、随時射撃を行うとの事です。
空軍の近接航空支援も適時。空軍の前線航空統制官が各区域に配置されます。」
友軍の布陣はまずまずと言えた。というより、現状これ以上は望めない。
上空は空軍機が固めているし、海は海軍艦艇が所狭しと浮かんでいる。
陸軍は、正面からの敵に集中すればいいのだ。
「………MSに対しては、脚部を最優先で狙うように。
あの巨人は、下半身の防御ができません。足を折れば、後は何とでも片付けられます。」
ニキの言葉に、全員が頷く。
それを確認して、彼女は更に詳細な指示に移った。
戦車は2両ずつ2班に分派し、ファンファンと特技兵小隊はエリア内に分散配置。
戦車隊の遠距離射撃で敵を削ったら、後は市街に引きずり込んでの殴り合いになる。
住民の避難は完了しており、周囲への被害を考慮する必要は無い。
守備隊には、持てる火力を無制限で使用して良しという指示が出されていた。
全ての指示を出し終え、ニキはもう一度全員の顔を見る。
静かに次の言葉を待っている者。不敵に笑っている者。不安げに視線を泳がせている者。
様々な表情、様々な目と肌の色。一人として同じ者は居ない。全員がニキにとって大切な部下達だった。
同時に、彼女は考える。
彼ら全員の顔を見れるのは、おそらく今日この時が最後だ。
生きて欧州を脱出できる者は、この中に半数も居まい。
それは、自分やノーラン、ソニアとて例外ではないのだ。
それでも、郷愁の表情はおくびにも出さずにニキは姿勢を正した。
「………タイムリミットは明朝。夜明けまでここを守り切れば、友軍の撤退は成功します。
各員、最適の健闘を。」
全員が敬礼。
ヴィスナ30とエーリカ34、ホルニッセの隊員達は、一斉に動き出した。
*
≪………スプライトよりアテナイエ。目標、間もなくFライン。≫
逢魔が時の空を、連邦空軍のディッシュが飛ぶ。
旧世紀のAWACSとJ-STARS、その両方の性能を兼ね備える高性能なEWACSであり、
ミノフスキー粒子によって多くの電子戦兵装が無力化されてなお優秀な性能を誇るディッシュは、
連邦軍の"目"として戦線を支える要だった。
高空を悠然と飛ぶその遥か眼下を、カレー攻略を期するジオン軍の先鋒が前進している。
ザクはモノアイで、兵士達は両目で、周囲を油断無く………或いは、不安げに警戒していた。
彼らは気付いているはずだ。
自分達が今、砲撃によってできた弾着痕の最中を進んでいる事に。
≪スプライトよりアテナイエ。目標、Fラインに到達。≫
≪了解。こちらアテナイエ、放送する。目標、Fラインに到達。カトレア81、火力要求。効力射実施!効力射実施!≫
≪カトレア81了解。大隊効力射、実施する!≫
HQからの火力要求を受けて、港湾区画に展開する自走砲が砲弾を装填する。
同時に、湾内の巡洋艦もミサイル発射セルを開放。
数秒後、後方より腹に響く砲声が連続して轟いた。
照準を定める標定射は終わっているので、修正を行う必要は無い。最初から効力射である。
榴弾とミサイルの嵐がニキ達の頭上を通過し、ジオン軍へと降り注ぐ。
絶え間ない爆音に興奮した兵士が、中指を突き立てて叫んだ。
「消し飛べ、ジオンの一つ目小僧!地球に来た事を後悔させてやる!!」
兵士達は塹壕や建物内、そして車両の中に潜み、敵が来るのを待ち構える。
この程度で、あの巨人が倒れるわけがない。
それだけは間違い無かった。
「………凄い光景ですね。敵が耕されてる。」
操縦席のモニターから、望遠映像を見てノーランが呆然と呟く。
ウィーゼル、キュイやマゼラ・アタックが爆炎に飲み込まれ、歩兵が木の葉のように吹き飛ばされる。
しかし、そんな鉄の雨の最中においても、巨人は倒れていなかった。
「………ですが、MSは撃破できていません。」
ニキの言葉通り、肩のシールドで防御しつつ業火の中をザクは突き進んでいる。
≪最終弾着まで5、4、弾着………今!≫
≪スプライトよりアテナイエ。MSなおも健在………跳躍して一気に抜けるつもりだ!≫
「31、30。弾種徹甲、小隊集中、指命!」
APFSDS(装弾筒付き翼安定徹甲弾)を装填、小隊で単一目標を集中して射撃、タイミングはこちらが指示。
簡潔にまとめられた号令に従い、ヴィスナ30の4両の61式が射撃準備を終える。
「データリンク開始、照準は31に同じ!」
≪32了。≫
≪33了!≫
≪34了!≫
小隊各車の返答と同時に、燃え盛る弾着地点からMSが一斉に跳躍した。
≪MS、跳躍した。スプライトよりカスケード、交戦を許可する。≫
≪ウィルコ。カスケード1、エンゲージ。各機続け!≫
一気にカレー市街への距離を詰めようとするMSに、フライマンタの編隊が狙いを定めた。
跳躍からの降下中、機動が制限された無防備な背後へ回り込む。
デッド・シックス。格闘戦なら、必殺のポジションだ。
≪カスケード1、FOX2!≫
機首ランチャーから4発のミサイルが吐き出された。
数機のランドセルに命中。バーニアが咳き込むが、致命傷ではない。
背中越しに向けられたマシンガンを回避し、フライマンタは上空へ退避。
12機の巨人は跳躍を妨害され、カレー市街のかなり手前に着地した。
≪こちらアテナイエ。センサーに感あり!データリンク、正常に作動中!
全ユニットへ。全兵装使用自由!任意に射撃して良し!!≫
敵機、センサー圏内。
中継器を通じて敵機の位置情報が瞬時に届き、気温や風速といった要素をFCSが自動補正。
ニキの両目が、着地でよろめくザクの右脚にピタリと照準を合わせた。
「撃て!」
4両全車の一斉射。同時に、別エリアに展開する友軍戦車小隊も射撃した。
無数の徹甲弾がザクへと襲い掛かる。
直撃弾が関節を喰い千切り、右脚部が膝から吹き飛んだ。
崩れ落ちる巨人。その直上から、死神が鎌を振り下ろす。
≪カスケード3、ボムズアウェイ!!≫
上空を旋回したフライマンタが急降下。
ウェポンベイより3発の小型爆弾が投下され、ザクへと叩き込まれる。
爆発。
≪………スプライトよりアテナイエ。MS3機の撃破を確認!≫
沸き上がる歓声。
「続けて射撃する!」
諫めるようにそう言って、ニキは次のターゲットを照準する。
その視界に、バズーカを構える巨人の姿が飛び込んだ。
「………注意!敵機、射撃態勢!!」
その警告とほぼ同時に、ザクが立て続けに3発を発砲。
更に他の機体が、マシンガンを乱射しながら突撃を開始した。
巨大な砲弾がカレー市街へ降り注ぎ、そこに潜む連邦兵を吹き飛ばす。
≪こちらナーゲル62!戦死2、重傷1!衛生兵を要請!≫
≪………シルヴィア23、被弾………損傷軽微、衝撃にやられた………操縦手が気絶、俺も動けない。救出を………≫
≪くそッ!関節だ、関節を狙え!≫
一気に騒がしくなった無線。連邦軍も負けじと応射する。
61式が、特技兵のリジーナが、大小の機関砲や対戦車砲が次々放たれ、
更に照準を修正した砲兵と海軍艦艇、フライマンタが激しい砲爆撃を加える。
しかし、ザクは止まらない。
致命傷となる攻撃を回避・防御しつつ、堅牢な装甲で鉄と炎の洗礼を受け止める。
そして自らもマシンガンとバズーカで猛烈な攻撃を加えてくる。
≪シルヴィア21被弾、大破炎上!小隊長戦死、24が指揮を引き継ぐ。≫
≪こちらナーゲル64、損害多数、後退する!≫
≪スプライトよりアテナイエ、敵の後続を確認。Fラインまで………およそ15分!≫
徐々に連邦軍の損害が目立ち始めたが、ザクの数は減っていない。
地上戦が開始されて半年。連邦軍が対MS戦のノウハウを得たように、
ジオンのMSパイロットもまた、地球環境下での戦いに慣れてきているのだ。
≪こちらアテナイエ、放送する。フェイズ2へ移行。繰り返す、フェイズ2へ移行。≫
フェイズ2………市街への侵入阻止を断念し、市街地戦へ移行。
その指示を受け、ニキは即座に動いた。
「30、31。斉射1回、その後すぐに移動。敵を市街に誘い込む!
エーリカ34、ホルニッセ、こちらヴィスナ30。戦闘準備!」
≪ホルニッセ1了解。全機、エンジン始動!≫
≪エーリカ34待機中、いつでもおいでってねぇ!≫
クラウス、ソニアの頼もしい声。
再度、小隊集中射を撃ってヴィスナ30は後退を開始。
巨人の攻撃に追い立てられたかのように、連邦軍の各部隊が市内へ引き下がる。
最初の猛攻を凌いだ8機のザクは、3・3・2のグループに分散して市街へ突入。
ニキ達の狩場へと、3機のザクが侵入した。
*
「そのまま後退、あと100m。」
「了解。」
アスファルトを剥ぎながらストリートを後退する61式。
ニキが指示した位置には、上層階が砲撃で破壊された立体駐車場が建っていた。
「駐車場へ進入。そこに隠れなさい。」
「了解………崩れませんよね?」
「カレーの建築業者が優秀な事を祈りましょう。」
バックで立体駐車場の1階部分へ進入。
履帯が車を回転させるターンテーブルを破壊する音が響くが、
どうやら崩壊して生き埋め、という事態は避けられたようだ。
マップを見て、現在地と近隣の友軍を確認する。
「ホルニッセ3、こちらヴィスナ30アルファ。17番の交差点にて待ち伏せする。誘引可能か?送れ。」
≪こちらホルニッセ3了解、待て。≫
「ヴィスナ32、エーリカ341傍受したか?」
≪32傍受。そちらから見て北西にある広場にて射撃態勢、待機中。≫
≪エーリカ341傍受した。分散し、射撃位置を確保する。≫
簡潔かつ必要事項のみのやりとり。
リジーナや対戦車無反動砲………日系の特技兵達は、それを「タケヤリ」と呼んでいた………
を担いだ対MS特技兵達が、2~3人の組に分かれて建物内に消えてゆく。
戦車2両と特技兵の分隊によって、交差点にキルゾーンが構築された。
≪エーリカ341、配置完了。≫
「了。」
短く答え、一呼吸。
「………ホルニッセ3、こちらヴィスナ30アルファ。準備良し。」
その報告を待っていたかのように、ホルニッセ3が応答した。
≪ホルニッセ3了解。≫
ローター音を響かせながら、ファンファンがビルとビルの合間を飛行する。
戦闘ヘリでは困難な、這うような高速低空飛行。
市街地戦では無類の強さを発揮できたが………対MS戦となれば、火力不足は否めない。
よって、ファンファンを装備する戦闘ホバークラフト隊は囮を主任務として立ち回っていた。
そして今、慣れないカレーの市街地を進むジオンのMS小隊………
タンゴ4、5、6とマークされた3機のザクの背後から、回り込んだホルニッセ3が奇襲をかける。
≪ホルニッセ3、コンタクト。釣り上げる。≫
機体上部に装備された5連装ミサイルランチャーから、2発の有線ミサイルが飛び出した。
脚部の膝関節を狙い、あわよくば擱挫させようとしたその攻撃は、
ザクがあわてて振り返り回避運動を取ったために命中せずにビルへと着弾。
すぐさま反撃すべくマシンガンを構えるザク。
しかし、既にホルニッセ3は脱兎のごとく逃走を開始していた。
≪ホルニッセ3、こちらエーリカ343………タンゴ6が食い付いた。マシンガン装備、注意せよ。
ホルニッセ1、タンゴ4がカバーに回る模様。引き剥がせ。≫
≪ホルニッセ1了解。≫
周囲の建物内に潜む特技兵分隊からの報告。
追撃しようとホルニッセ3の後を追うザクを支援すべく、角付きバズーカ持ちの小隊長機が行動を開始した。
残る1機は退路を確保するつもりか、モノアイをせわしなく動かして周囲を警戒している。
食い付いたザク………タンゴ6は相当頭に血が上っているようで、
マシンガンを乱射しながら逃げるホルニッセ3を追い立てている。
その後方、少し遅れて追随する小隊長機………タンゴ4に、横合いから再び奇襲が敢行された。
≪ホルニッセ1、コンタクト。≫
今度は直撃………ただし、肩部のシールドへの命中弾なため、ダメージは無し。
だが、気を引くには充分だったようだ。
≪よし、食い付いた。適当に引き回す。≫
≪ホルニッセ1、こちらヴィスナ30ブラボー。21番の高架下に展開した。誘い込めるか?≫
≪………了解、誘引する。到着まで………およそ3分。≫
≪エーリカ344、傍受した。ストリート沿い、高架前の建物に分散配置。支援する。≫
≪ホルニッセ2、こちらホルニッセ4。タンゴ5を引き付ける、援護頼む。≫
………こうして、カレー攻略の先鋒たるジオンのMS小隊は、瞬く間に分散させられたのだ。
≪ヴィスナ30アルファ、ホルニッセ3。到着まであと1分!≫
「30アルファ了解。32、31。こちらが先制する。エーリカ341、ヴィスナ32に続いて射撃。」
≪32了。≫
≪エーリカ341、準備良し。≫
巨人の歩みが弱い震動となって立体駐車場に響く。
ニキは静かに照準器を覗き込み、音声入力を吹き込んだ。
「初弾、弾種対榴。次弾、徹甲。」
自動装填装置が反応し、HEATーMP(多目的対戦車榴弾)とAPFSDSを選択。
左右の戦車砲に、2種類の砲弾が装填された。
≪ホルニッセ3、通過する!≫
眼前をファンファンが高速で通過し、交差点を曲がって退避。
それを追うように120mm砲弾が道路を耕した。
「………!」
至近弾。しかし、損害無し。生身のエーリカ341は肝を冷やした事だろう。
そしてついに、巨人が罠の中へ進入した。
ホルニッセ3が曲がった交差点前で警戒するように速度を落とし、手前のビルから曲がり角を窺うザク。
その脚部が、照準器を睨むニキの視界に大写しとなった。
「31射撃する。」
静かな声。同時に発砲。
ザクの右脚膝関節に、対戦車榴弾が突き刺さる。
爆発にバランスを崩し転倒するタンゴ6。
続いて射撃。装弾筒を弾き飛ばして、ダーツのような弾芯が撃ち出される。
劣化ウランの矢が、今度は右腕肘関節を撃ち抜いた。
≪32射撃する!≫
更に追い討ち。
倒れ込んだタンゴ6の股関節に、ヴィスナ32がAPFSDSを叩き込む。
完全に下半身を破壊され、右腕の肘から先も失ったタンゴ6。
それでもなお上体を起こそうともがく巨人へ、とどめの攻撃が行われる。
ビルの2階からリジーナのミサイルとタケヤリの無反動砲弾が飛び出し、頭部と左腕肘関節へ直撃。
主要な関節と制御系統に致命傷を受けた鉄の巨人は、ついにストリートへ倒れ伏した。
エーリカ341の隊員達から歓声が上がる。
ニキも深く息を吐いて、無線に報告した。
「………アテナイエ、こちらヴィスナ30アルファ。タンゴ6撃破。パイロットの確保を試みる。」
≪アテナイエ了解、対人火器に注意。≫
HQからの簡潔な返答。
実質的なGOサインを受けて、ニキは次なる指示を出した。
「エーリカ341、援護する。パイロットを確保せよ。
32、重機使用、エーリカ341を援護。特にSマインに注意。」
≪32了。射撃可能位置へ移動する。≫
≪こちらエーリカ341。2名前進、支援頼む。≫
「援護位置まで前へ。」
「了解。」
低速でそろそろと立体駐車場から這い出る61式。
ニキは砲塔部ハッチから半身を乗り出し、重機関銃に初弾を装填した。
照準をザクの胸部に合わせ、外部スピーカーのスイッチを入れる。
「生きているのであれば、無駄な抵抗はやめて投降せよ。
20秒以内に反応が無ければ、機体ごと吹き飛ばします。」
冷淡な通告。
その下で、エーリカ341の隊員2人がアサルトライフルを構えながら前進していた。
ほどなく、胸部コックピットハッチが開いて緑色のノーマルスーツ姿のパイロットが現れた。
隊員に手荒に拘束され、引きずり降ろされる。
「アテナイエ、捕虜1名確保。後送の手配を頼む。」
≪了解した。エーリカ341は現在地にて待機。ヴィスナ30アルファ、任務続行せよ。≫
「30アルファ了解、終わり。」
アテナイエへの報告を終え、捕虜に視線を移す。
ノーマルスーツのヘルメットは外され、目隠しに猿轡をされた上で両手を拘束されている。
貴重な捕虜、それもMSパイロットだ。逃がす手はない。
エーリカ341の分隊長がニキへ向けて右手親指を突き立てた。
それに敬礼で応え、ニキは車内へと引っ込んだ。
「次へ向かいましょう。今日は休めそうにありません。」
「大繁盛ですね。」
ニキ達の担当区域以外でも戦闘は始まっており、敵は次々とカレー市街へ侵入してきているが、
なんとしても夜明けまで防衛線を死守しなくてはならない。
「………予想以上に敵の数が多いようです。負担をかけますが、気を抜かないように。」
「了解、任せてください。」
ノーランの明るい声に、ニキは少し苦笑した。
この"相棒"は、絶望という感情を知らないかのような精神的タフネスさだ。私も少し見習わねば。
「32、31。引き続き前進する。前進用意………前へ!」
夕暮れと戦闘の炎で赤く染まるカレーの街。
テイラー小隊の長い夜は、今まさに始まろうとしていた………。
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書きたい事を全部やろうとしたら、前中後編に収まらなかったでござるの巻。
今回は色々出しましたね。
例の曲。良い歌ですよね。IGLOOシリーズの主題歌はハズレ無しです。
ディッシュ。野望シリーズではお世話になる連邦の誇る特攻偵察機。
たぶん実在すれば超高性能な空飛ぶ司令室になると思います。
AWACS+J-STARSなんて書いたのは自分の勝手なイメージです。
ファンファン。イメージ的には高性能な戦闘ヘリ。
独立戦争記でザクから逃げ回るファンファンのムービーがありますが、
あれとセイバーフィッシュ編隊の出撃ムービーが通常兵器部隊の原点です。
何気に、ミサイルランチャーを外した機体が08小隊とかにも出ていたり。
タケヤリ。これは元ネタがあります。
M.S.ERAという「宇宙世紀の写真集」があるんですが、
それに「タケヤリ・アタック」という写真(イラスト)が出てきます。その説明文から。
まぁ、そう呼ばれもする貧弱さだったのでしょう。
市街地戦闘。がんばりました。戦闘シーンは難しいです。
自分の中で、文を書く時は擬音を使わないようにする、というルールがありまして。
その場面の音は読み手が想像した方が良いんじゃないかという持論です。異論は認める。
動画作成は順調に遅延中です。本当に申し訳ありません。
今月中………どんなに遅くとも年内には仕上げたいところ。
後編-2が早いか、動画が早いかも不明ですが、また次回。
いつも応援ありがとうございます。
好き勝手書けるのは書いてる側としては非常に気楽です。やりたい事をやれるってのはやっぱ良い。
歌、音楽と兵隊というのは本当に切り離せないもので、キツい状況な時ほど少しでも娯楽は欲しいものです。
音楽が聴けるって事は本当に救いになるし、一緒の歌を歌うって行為は思ってる以上に団結力を高めます。
「フルメタル・ジャケット」のランニングのシーンみたいなの、実際やるとヤケクソになるくらいテンション上がりますw
ハルやんは当初テイラー小隊の戦車操縦手にしようと思ってたんですが、
それだと更に影が薄くなったので、も少し動かしやすいポジションに異動ですw後編-2ではもう少し目立つ予定。
物書きとしては自分は素人かつ下手の横好きなので、
こうした方がいいとかここは変だとかあれば、遠慮なくご指摘頂ければと思います。
動画の紙芝居の方にもフィードバックされる、かも。がんばります。
Posted by 猫屋誠一郎 : 15/Oct/2011 22:14
はじめまして。今更ながらこちらの存在に気付き一気読みさせていただきました。
F91編のテイラー隊はニキ姉さんスキーには堪らなかったので、こちらの欧州撤退戦もいっそ終戦まで読んでいたい気分です。
ところでザクvs61式の市街地戦というと、PS2ジオニックフロントでビルの陰に潜んだ61式に僚機があっさり撃破されたことを思い出すのは自分だけでしょうか…。
あんな感じでこのテイラー隊を相手にしたら、と思うとゾッとします。
動画共々更新を楽しみにしておりますー。
Posted by semolina : 30/Nov/2011 19:03
初めまして、semolinaさん。コメントありがとうございます。
ニキ姐さんは人気ありますね。能力も高いので今後も活躍してくれると思います。
最近のGジェネだとオリキャラにプロフィール的なモノが付加されてるとの事で、
「おい、○○はそんなキャラじゃねーよ」と思う方も居るでしょうから悩ましいです。
こんなニキ姐さんもアリかな、と思って頂ければ幸いです。
リアルさ(?)で有名なジオフロ。小説版でもエイガー率いる戦車隊や自走砲部隊が活躍してましたね。
エイガーはマドロックに乗らずウチの部隊に来て欲しかった人材でした。
牛歩更新はこっちも同じですが、今後も頑張りますのでよろしくお願いします。
Posted by 猫屋誠一郎 : 04/Dec/2011 21:40
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おもしれぇ……。
いやぁ良かったです。とても良かったです。グイグイ読ませられました、気持ちいいです。
やっぱり、おかしなことをしていない、というか読んでいて「ん?」ってならないからなんでしょうね。
猫屋さんの見せたい戦場を、これからもっと見たいと思います。
IGLOOの曲は外れないですよね~。ニコニコにあった、IGLOO本編映像に重ねられた時空のたもとと夢轍はほんと泣けました。
そしてこの曲も。撤収作業中に流すというのは泣かす気満々かこのやろうと思っちゃいそうですけれどw
市街戦では、こんなに躍動するファンファン初めて見ましたw ファンファンといえば赤いズゴックに突撃するものでしたが、えらく格好いいw
あんだけ浮けるホバークラフト(クラフト?)とかどんな動きするんでしょうね。
少佐とニキさんの無表情の応酬ですか。その場に居合わせたくないですねぇ。柱の影から覗き見したい気はしますがw
苛立ちを抑え現状に耐え、やり込めるための材料を準備し、チャンスを逃さず仕留める。強い人ですニキさん。正直部下にしたくないですw 同僚なら諸手を上げて大歓迎ですがw ああでも、部下のニキさんを自由に動かさせて、「責任は取る!」とかいうのもいいなぁ……。
で、ハルやんが出ましたね! 彼らしく地味な登場ですw 使っているといつの間にかゴリゴリ成長して、あっという間に1.5線級くらいになってくれるハルやん。今後の出番が楽しみです。
擬音を使わないっていうのは気持ちわかりますねー。擬音を使ってしまうと、なんというか『それ』に決まってしまってもったいない気がしてしまうんですよね。
擬音を使う時以上に読む人に感じてもらうには、描写を豊かにしないといけないので悩みどころですが。
長々と書いてしまいましたごめんなさい。前編中編と感想書けずじまいでしたので……。
こちらの方も動画のほうも、続きはいつも楽しみにしてます。無理をしたりせず、一番作りたいものを作れることを祈っています。
時々こうして音沙汰をくれるので安心して待てますし、こちらはご心配なく! それでは!
Posted by ウルカナス : 14/Oct/2011 23:58